「一神教」が危険な理由

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一神教。

この言葉を初めて聞いた人も多いのではないでしょうか??

一神教は、1つの神しか認めない宗教のことを指します。

キリスト教やイスラム教などがこれに当たりますね。

一方で、日本人は多神教であり基本的には神道です。

えっ、私はどの宗教も信じていないよ、無神教だよって思っているかもしれませんが、今も日本人の心に根付いています。

「おかげさまで」

「いただきます」

これは、あらゆるところに神が宿り、感謝する心、これが根付いているから出てくる言葉です。

実は、気づかないところで根付いていたりするんですね。

それくらい、宗教はその人の考え方を変えるものです。

1つの神しか認めない一神教は危険なのです。

その理由をご紹介します。

一神教は争いを招く

一神教は他の信仰を認めません。

「信じる者は救われる」

という言葉は、信じないものは救われない。

地獄に落ちるという意味でもあります。

だから、信じないといけません。

そして、それ以外の神を信仰するものは邪教なのです。

彼らにとっては悪です。

その人達を救うという名目で、占領します。

それを本気で信じています。

そして、信じないものに対しては虐殺したりします。

それが、ヨーロッパで行われていた宗教戦争です。

一神教の人にとっては、これを広めることが使命だと考えているので、相手を滅ぼすまで戦争が止まりません。

だから、宗教戦争はとにかく残虐です。

今も、イスラム教のシーア派とスンニ派で戦いが起こっていますが、戦争がやめられない理由の1つに一神教があるのです。

一神教は善悪をつける

一神教はなんでも善悪をつけようとします。

これが、外国人がyesかnoをはっきりさせます。

これは、宗教をとにかく1つ善悪をつけているので、他のことに対してもその考えが根付いています。

だから、なんでも白黒つけようとします。

知識がなくても自分なりの論理を作って白黒をつけます。

そして、それが正しいと本気で信じています。

だから、外国人の多くは議論を好みます。

議論に関しては、二者択一の質問ばかりします。

他を省くのが危険

一神教が危険と言いましたが、一番危険なのは、悪を決めることです。

これが、差別、迫害につながります。

日本人は多神教で他の文化を上手に取り入れて争いを好みませんでした。

一方で悪を決めてしまうと、相手を滅ぼすのが正義だという論理が成り立ってしまうのです。

すると、信仰心が強ければ強いほど、過激になり、争いを好むようになります。

だから、一神教は危険なのです。

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